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金華山-岐阜県の山

金華山-岐阜県の山

難攻不落の岐阜城へ

難攻不落の岐阜城へ

【岐阜公園から望む】

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○山行情報
日程 2022年2月27日(日)
山名(山域) 金華山(関東周辺
入/下山地 第三駐車場
メンバー 単独行
行動時間 2時間9分
歩行 距離登り下り歩数
5.1km388m388m-歩

金華山マップ

○コース(タイム)

駐車場(8:57)-馬の背登山道-(9:38)金華山(10:09)-七曲り登山道-(11:05)駐車場

 《山概略》
 金華山は岐阜県岐阜市にある標高329mの山。鎌倉時代から城が築かれ、金華山から稲葉山と呼ばれるようになったが、戦国時代には斉藤道三が引き継ぎ、織田信長が岐阜城として本拠地とし、天下統一の地となった。岐阜という地名は織田信長が選定している。
 登山としての金華山は多くの登山道が整備され、1時間足らずで登ることができる。城跡は国の史跡で現在でも発掘が行われ、日本百名城に指定されている。

 《アプローチ編》
 帰省先の福岡から横浜の自宅へ戻る途中に車で岐阜の金華山に立ち寄った。岐阜公園の駐車場は有料だが、長良川の河川敷にある第三駐車場は無料なので、そこへ車を止めた。以前は舗装されてなかったようだが、現在は舗装されて綺麗な駐車場である。広さも十分で日曜の朝でも空きは十分だった。
 この日の天気予報は晴れだったが、冷たい雨がパラパラと降る不安定な天気だった。




 《金華山へ》
 駐車場からは金華山の山頂が見え、天守の頭が少しだけ見えている。駐車場を出て、山を右の方へ回り込むように歩く。岐阜護国神社の前を通り、公園の中へ入る。奥の方へ行くと階段が有り、瞑想のこみちと書かれているのを確認して、階段を上っていく。
 道は山道となり、つづらの登りとなる。道脇には「人は考える葦である」「もともと地上に道はない」などと書かれ、瞑想の小径というよりは、蘊蓄の小径となっている。



 金華山の地質はチャートでできており、岩が多く、足元には小石が転がっている。丸山という少し開けた場所に出る。旧伊奈波神社の伝承地で、烏帽子岩が突き出ている。周囲の木の枝では多くのリスが走り回っている。鎌倉でもよく見る台湾リスだ。
 丸山は馬の背登山道の分岐になっている。瞑想の小径は退屈そうなので、馬の背の道を進むことにする。その道は岩がむき出しの急登で、手も使いながら上っていく。最後は鉄の階段で、それを上ると天守閣が見えてくる。



 金華山の山頂には石垣が組まれ天守が建っている。石垣の岩は、金華山から取れるチャートの岩だろうから、遠くから取り寄せる必要はなく、足元で調達することができる。金華山は築城するための山と言っても良さそうだ。天守のあたりには金華山という山頂標識は見当たらず、三角点もあるはずだが気づかなかった。
 岐阜城天守(200円)は行列ができるという印象だったが、まだ朝が早いためか、すんなり入ることができた。天守は4階建てで、各階の展示を見ながら最上階の展望台に向かう。標高329mの山頂に立つ天守からの眺めは格別である。岐阜の市街に木曽川や長良川が流れ、うっすらと虹も見えている。まだ雲が多いが、晴れれば、日本アルプスや鈴鹿山脈も見ることができるはずだ。
 天守を降りて、近くにある岐阜城資料館を訪れた。資料館と言っても名ばかりで、「麒麟がくる」という大河ドラマの衣装や兜などが展示されていた。



 下山は、登ってきたのとは反対側の百曲り登山道を下ることにした。冠木門(天下第一の門)をくぐり、ロープウエイ乗り場の前を通る。道は山道となり、広い百曲りの遊歩道をのんびり歩いて降りていくと住宅地に出る。道案内の表示に従い、岐阜公園の方へ戻る。
 岐阜公園総合案内所に立ち寄り、付近で発掘された遺物の展示を見学した。このあたりは斉藤道三や織田信長の居館があったとされる場所だそうだ。
 駐車場に戻り、もう少し岐阜の街を観光したいところだったが、横浜まではまだ遠く、渋滞も気になるのでまっすぐ帰ることにした。

Camera:CANON EOS 90D